東京地方裁判所 昭和34年(レ)41号 判決 1960年6月13日
控訴人 安部千代松
被控訴人 高森宗吉
補助参加人 鈴木仙八
当事者参加人 大橋清蔵 外一名
主文
原判決を取消す。
被控訴人は参加人大橋に対し、別紙記載の土地について、東京法務局北出張所昭和二十九年三月八日受付第四三九五号で被控訴人のためされている、同年二月五日の賃貸借契約による期間十年間借賃一カ月一坪につき三円毎月末日払いという賃借権設定登記の抹消登記手続をすべし。
控訴人安部は参加人大橋に対し、別紙記載の土地を、その地上にある別紙記載の建物を収去して明渡すべし。
被控訴人および参加人中野の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原審において生じた分は被控訴人の負担とし、当審において生じた分は十分して、その二は被控訴人の、その一は控訴人安部の、その七は参加人中野の各負担とする。
この判決は、第三項にかぎり、参加人大橋が、かりに執行することができる。
事実
控訴人と補助参加人(以下「控訴人ら」という)の訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人、参加人大橋、参加人中野の控訴人安部に対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は控訴人らと被控訴人との間においては第一、二審を通じて被控訴人の、控訴人らと各参加人との間においては各参加人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、本案前の申立として、「参加人大橋の参加申出を却下する。」との決定を求め、本案について、「原判決のうち、補助参加人鈴木に対する部分を取消す。補助参加人鈴木のその余の控訴および控訴人安部の控訴をいずれも棄却する。参加人大橋、参加人中野の請求(参加人中野の請求のうち土地所有権確認の部分を除く)をいずれも棄却する。訴訟費用は、被控訴人と控訴人ら、各参加人との間においては、控訴人ら、各参加人の負担とする。」との判決を求め、「参加人中野の被控訴人に対する別紙記載の土地所有権の確認を求める請求を認諾する。」と述べ、参加人大橋訴訟代理人は、主文第一ないし第四項と同旨および「訴訟費用は、参加人大橋と控訴人ら、被控訴人、参加人中野との間においては、控訴人ら、被控訴人、参加人中野の負担とする。」との判決ならびに控訴人安部に対して土地の明渡しを求める部分について仮執行の宣言を求め、参加人中野訴訟代理人は、「原判決を取消す。参加人中野と控訴人安部、被控訴人、参加人大橋との間において、別紙記載の土地が参加人中野の所有であることを確認する。控訴人安部は参加人中野に対し、別紙記載の土地を、その地上にある別紙記載の建物を収去して明渡すべし。被控訴人は参加人中野に対し、別紙記載の土地について、東京法務局北出張所昭和二十九年三月八日受付第四三九五号で被控訴人のためにされている、同月二月五日の賃貸借契約による期間十年間借賃一カ月一坪につき三円毎月末日払いという賃借権設定登記の抹消登記手続をすべし。参加人大橋は参加人中野に対し、別紙記載の土地について、東京法務局北出張所昭和二十八年十月二十九日受付第一九四九八号で参加人大橋のためにされている同日付売買による所有権移転登記の抹消登記手続をすべし。被控訴人および参加人大橋の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、参加人中野と控訴人ら、被控訴人、参加人大橋との間においては、控訴人ら、被控訴人、参加人大橋の負担とする。」との判決および控訴人安部に対して土地の明渡しを求める部分について仮執行の宣言を求めた。
各当事者の事実上および法律上の主張は、原判決に書いてあるほかは、次のとおりである。
第一、被控訴人の主張。
(一)、被控訴人の請求について。
別紙記載の本件土地は、昭和二十六年六月二十五日、参加人中野が不動建築株式会社から買受け、さらに昭和二十八年十月二十九日、参加人大橋が参加人中野から買受けたものである。そして、被控訴人は建物所有の目的で参加人大橋から本件土地を賃借したのである。被控訴人の控訴人安部に対する請求は、賃借権に基き、賃貸人であり本件土地の所有者である参加人大橋の控訴人安部に対する本件土地所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して請求するものである。
(二)、参加人大橋の参加に対する本案前の申立について。
被控訴人は控訴人安部に対し、参加人大橋の本件土地所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して本訴請求をしているのであり、参加人大橋は、右の事実を知つていたものであるところ、債権者が適法に代位権行使に着手し、債務者がこれを知つたときは、債務者は、代位された権利をみずから行使することができなくなるのであるから、参加人大橋は控訴人安部に対し、本件土地所有権に基く妨害排除請求権を行使することができない立場にある。したがつて、その行使のための参加人大橋の参加申出は、その要件を欠き、不適法である。また、被控訴人および参加人大橋の控訴人安部に対する各請求は、いずれも参加人大橋の本件土地所有権による妨害排除請求権に基くものであり、被控訴人の訴がさきに裁判所に係属しているのであるから、参加人大橋の参加申出は民事訴訟法第二百三十一条にていしよくして、却下をまぬがれない。
(三)、参加人大橋の主張に対する答弁。
本件土地が参加人大橋の所有に属すること、本件土地について参加人大橋主張どおりの所有権移転登記、賃借権設定登記がされていること、参加人中野と参加人大橋との間に本件土地の売買契約が成立し、参加人中野が参加人大橋から四十二万五千円を受領したこと、被控訴人が参加人中野の内縁の夫であり、右の売買契約をするについて参加人中野に代つて参加人大橋と交渉したこと、控訴人安部をして別紙記載の本件建物を収去させるためには訴訟を起こすほかなくなつたことおよび被控訴人が参加人大橋に対し控訴人安部をして本件建物を収去させることができたときには前記賃借権設定登記を抹消して本件土地の占有を参加人大橋にひき渡す旨約したことはいずれも認めるが、参加人中野が本件建物収去を昭和二十九年一月二十八日までにすると約したことおよび被控訴人と参加人大橋との間の本件土地の賃貸借契約が、被控訴人から控訴人安部に対する本件土地明渡し請求を理由あらしめるために参加人大橋と被控訴人との間の通謀虚偽表示によつて行われたものであるということは否認する。参加人中野は、控訴人安部に対し本件建物の収去を求めたが、応じてもらえなかつたので、控訴人安部に対する本件土地明渡し請求訴訟をすすめるための費用を、本件土地を担保として参加人大橋から借受けることになり、前記四十二万五千円をうけとり、その担保として、右金員を手付金とする参加人大橋主張のような売買契約をして、参加人大橋に対し、本件土地の所有権を譲渡し、所有権移転登記をしたのである。そして、被控訴人は、参加人中野と参加人大橋との間の右契約が目的としたところを実現するため、真実参加人大橋から本件土地について賃借権の設定をうけ、その登記をしたのである。
(四)、参加人中野の主張に対する答弁。
参加人中野が本件土地の所有権を、参加人中野が主張するような経過で、取得したことは認めるが、被控訴人と参加人大橋とが通謀虚偽表示により賃借権設定契約をし、その旨の登記をしたということは否認する。参加人大橋は、参加人中野から本件土地を譲渡担保のため買取り、内金四十二万五千円を支払つたが、所有権移転登記に必要な書類の交付をうけたことをよいことにして、勝手に参加人大橋のために所有権移転登記をしてしまつたため、参加人中野は控訴人安部を立ち退かせて本件土地を空地として引渡すという債務を同参加人名義で履行することができなくなつてしまつた。そこで、参加人大橋は、被控訴人に対し、本件土地に賃借権を設定のうえ、控訴人安部に対する本件土地明渡し請求訴訟を行わせるに至つたのである。
第二、控訴人らの主張。
(一)、被控訴人の主張に対する答弁および抗弁。
補助参加人鈴木が不動建築株式会社から本件土地を買受けた日は、昭和二十二年十二月十二日である。参加人大橋が、昭和二十八年十月二十九日、参加人中野から本件土地を買受ける契約をしたことは認めるが、参加人大橋は、不動建築株式会社と参加人中野との間の本件土地の売買契約が通謀虚偽表示によるものであることを知つて、本件土地を買受ける契約をしたのであるから、本件土地の所有権を取得しない。
(二)、参加人大橋の主張に対する答弁および抗弁。
本件土地について参加人大橋への所有権移転登記がされていること、控訴人安部が本件建物を所有することにより本件土地を占有していることは認めるが、本件土地が参加人大橋の所有であることは否認する。本件土地は補助参加人鈴木の所有であるのに、参加人中野は、所有名義人不動建築株式会社との間の通謀虚偽表示による売買契約により、その所有名義を取得した。参加人大橋は、右事情を知つて参加人中野から本件土地を買受けたものであるから、本件土地の所有権を取得しない。
(三)、参加人中野の主張に対する答弁および抗弁。
本件土地が参加人中野の所有であることは否認する。昭和二十六年六月二十五日不動建築株式会社と参加人中野との間に行われた本件土地の売買契約は、通謀虚偽表示によるものであるから、無効である。
第三、参加人大橋の主張。
(一)、参加の理由および請求の原因。
(1)、本件土地は参加人大橋の所有であるが、本件土地には、被控訴人のために主文第二項記載のとおりの賃借権設定登記がされている。右登記は、次のように、参加人大橋と被控訴人との間の通謀虚偽表示による賃借権設定契約に基いてされたもので、無効である。参加人大橋は、昭和二十八年十月二十九日、参加人中野から本件土地を代金八十五万円で買受ける売買契約をし、同日四十二万五千円を支払つて、本件土地の所有権を取得し、所有権移転登記をうけ、残金は売主である参加人中野が右地上にある控訴人安部所有の本件建物を昭和二十九年一月二十八日までに収去させたとき支払うと約した。被控訴人は、参加人中野の内縁の夫であり、右売買契約においても参加人中野に代つて参加人大橋との交渉に当つたものであるが、控訴人安部との本件建物収去の示談交渉に失敗し、訴訟により本件土地の明渡しを求めるほかないことになつたので、その訴訟を勝訴にみちびくために、本件土地に被控訴人のため賃借権を設定してほしいと、参加人大橋に懇願した。参加人大橋は本件建物を収去させたいため、これに応じ、本件建物を収去したときは登記を抹消することはもちろん、土地の占有も参加人大橋に引渡すことを約させたうえで、被控訴人との間に、同年二月五日、本件土地について、期間十年、賃料一カ月坪あたり三円、毎月末日払いという虚偽の賃借権設定契約をし、前記の設定登記をした。そして、被控訴人は、賃借権者であるとして、控訴人安部に対し本件土地明渡しの訴を提起したが、最近になつて真実参加人大橋から賃借権の設定をうけたものであると主張しだしたので、参加人大橋は、被控訴人に対し、通謀虚偽表示に基く無効な右登記の抹消登記手続を求める。
(2)、控訴人安部は、本件建物を所有して、本件土地を占有しているが、右占有は本件土地の所有者である参加人大橋に対抗することができる権原にもとづかないものであるから、参加人大橋は控訴人安部に対し、所有権に基いて、本件建物の収去による本件土地の明渡しを求める。
(二)、被控訴人の本案前の申立に対する答弁。
参加の要件をそなえているかどうかは、参加申出に関する主張自体で判断すべきものである。参加人大橋は、被控訴人には参加人大橋に対する債権がなく、被控訴人が行使している本件土地所有権に基く妨害排除請求権は参加人大橋の権利に属するものであると主張しているのであるから、参加人大橋の参加申出に関する主張自体は参加の要件を充たすものであり、参加が却下されるべき理由はない。債権者により代位権が行使された場合に、債務者が行使された権利を行使することができなくなるのは、真実の債権者により適法に代位行使がされた場合のことである。被控訴人のいうように、ある者ぶ債権があるといつて代位権を行使しているということだけで、その債権の債務者とされた者が同人に属する権利を行使することができないということになると、架空の債権を主張して訴訟上代位権を行使する者がある場合にも、架空の債権の債務者とされた者がその権利を訴訟上行使することができなくなるという不当な結果に立ちいたるのみならず、さらには、自称債権者と第三者とがなれ合訴訟をすることにより、債務者とされた者の真実の権利行使を妨害することができるようにさえなるのであるから、被控訴人の右見解は誤りであり、したがつて、被控訴人が代位行使を主張しているということだけで参加人大橋の参加申出が要件を欠くということにはならない。
(三)、参加人中野の主張に対する答弁。
参加人大橋が、昭和二十八年十月二十九日、参加人中野から本件土地を代金八十五万円で買受ける契約をし、同日四十二万五千円を支払い、所有権移転登記をうけたことおよび参加人中野が主張するような供託がされたことは認めるが、右四十二万五千円が解約手付であること、右売買契約に参加人中野が主張するような解除条項があつたことおよび右売買契約が解除されたことは否認する。かりに、右四十二万五千円が解約手付であつたとしても、いわゆる「手付倍戻」による売買契約の解除は、当事者の一方が契約の履行に著手する前においてだけすることができるのであるところ、本件において、参加人中野は、参加人大橋に本件土地を売渡して所有権移転登記をし、履行に着手したのであるから、手付倍戻による契約解除をすることはできない。
第四、参加人中野の主張。
(一)、参加の理由および請求の原因。
(1)、参加人中野は、昭和二十六年六月二十五日、不動建築株式会社から本件土地を買受け、同日所有権移転登記を経たところ、昭和二十八年十月二十九日、これを代金八十五万円で参加人大橋に売渡す契約をし、同日手付金四十二万五千円を受領した。そして本件土地については参加人大橋のため請求の趣旨記載の所有権移転登記がされた。ところで、右売買契約には、売主は手付金の倍額を支払つて契約を解除することができるという条項があるので、参加人中野は、昭和三十四年一月二十日、受領した手付金の倍額八十五万円を支払うため、参加人大橋方を訪れて提供したが、参加人大橋は、不在と称してその受領を拒絶する意思を明らかにした。そこで、参加人中野は、同月二十七日、右金員を東京法務局北出張所に弁済供託して、参加人大橋に対し右売買契約を解除するという意思を表示した。これによつて、参加人中野と参加人大橋との間の売買契約は解除され、本件土地の所有権は参加人中野に帰属したから、参加人中野は、控訴人安部、被控訴人、参加人大橋との間において、本件土地が参加人中野の所有に属することの確認を求め、参加人大橋に対し、実体関係に合わない参加人大橋への右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
(2)、被控訴人は、本件土地について請求の趣旨記載の賃借権設定登記をうけているが、それは、被控訴人と参加人大橋との間の通謀虚偽表示による賃借権設定契約に基いてされたもので、無効であるから、参加人中野は被控訴人に対し、右登記の抹消登記手続を求める。
(3)、控訴人安部は、本件建物を所有することにより、参加人中野に対抗することができる権原にもとづかないで、本件土地を占有しているのであるから、参加人中野は、所有権に基いて、控訴人安部に対し、本件建物を収去したうえ本件土地を明渡すべきことを求める。
(二)、参加人大橋の解除権に関する主張に対する答弁。
手付倍戻による契約解除が履行に著手したのちにはできないものであることは参加人大橋が主張するとおりであるが、参加人大橋のその余の主張事実は否認する。本件売買契約において、参加人中野は参加人大橋に対し、(イ)、控訴人安部に対する確定判決をえて強制執行をすることにより、本件建物を収去して本件土地を空地とする債務、(ロ)、空地となつた本件土地を参加人大橋に引渡す債務、(ハ)、本件土地の所有権を参加人大橋に移転して、所有権移転登記手続をする債務を負担し、参加人大橋は参加人中野に対し、右各債務履行の対価として売買代金残額四十二万五千円を支払う債務を負うものであるが、参加人中野の(イ)の債務は先行的給付であり、(ロ)(ハ)の各債務と参加人大橋の債務とは同時履行の関係に立つていた。ところが、参加人大橋は、契約当日、手付金四十二万五千円の支払いとひきかえに、参加人中野の代理人であつた被控訴人から登記に必要な書類をうけとるや、約旨に反して勝手に所有権移転登記手続をしてしまつたのであるから、右所有権移転登記手続がなされたことをもつて、参加人中野が契約の履行に著手したということはできない。参加人中野は、先給付になる(イ)の債務履行の準備段階である控訴人安部に対する明渡し訴訟をしているだけで、その余の履行に著手していないし、参加人大橋も残代金四十二万五千円の支払いをしていず、いずれも契約の履行に著手していないから、参加人中野がした手付倍戻による契約解除は有効である。
証拠について、
被控訴人訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証、甲第五号証の一ないし九を提出し、「乙第一ないし第三号証が真正にできたかどうかは知らない。その余の乙号各証が真正にできたことは認める。丙号各証および丁号各証が真正にできたことは認める。」と述べ、
控訴人ら訴訟代理人は、乙第一ないし第三号証、乙第四号証の一ないし四、乙第五号証の一ないし三を提出し、原審における証人武内武雄、同佐藤愛造、同長島平蔵、同松浦義朗、同高藤宇一、同鈴木仙八の各証言、当審における参加人大橋、同中野各本人尋問の結果を援用し、「甲号各証および丁号各証が真正にできたことは認めるが、丙号各証が真正にできたかどうかは知らない。」と述べ、
参加人大橋訴訟代理人は、丙第一、二号証を提出し、当審における証人相馬栄吉の証言、参加人大橋本人尋問の結果を援用し、「甲号各証および丁号各証が真正にできたことは認める。乙第一ないし第三号証が真正にできたかどうかは知らない。乙第四号証の一のうち官署作成名義の部分が真正にできたことは認めるが、その余の部分が真正にできたかどうかは知らない。同号証の二、三が真正にできたかどうかは知らない。同号証の四が真正にできたことは認める。乙第五号証の一のうち官署作成名義の部分が真正にできたことは認めるが、その余の部分が真正にできたかどうかは知らない。同号証の二、三が真正にできたかどうかは知らない。」と述べ、
参加人中野訴訟代理人は、丁第一号証の一、二、丁第二号証を提出し、当審における被控訴人、参加人中野各本人尋問の結果を援用し、「乙第一ないし第三号証が真正にできたことは否認する。その余の乙号証が真正にできたことは認める。甲号各証および丙号各証が真正にできたことは認める。」と述べた。
理由
まず、参加人大橋の参加申出がその要件をそなえているかについて判断する。
参加人大橋の主張は、「被控訴人は、参加人大橋が所有する本件土地について賃借権を有すると主張し、参加人大橋の所有権による妨害排除請求権を代位行使して、控訴人安部に対し本件土地の明渡しを求めているが、被控訴人には参加人大橋に対する賃借権がないのであるから、被控訴人が行使している妨害排除請求権は参加人大橋の権利に属するものである。よつて、参加人大橋は被控訴人が提起した本件訴訟に参加して、被控訴人に対して賃借権設定登記の抹消登記手続を求め、控訴人安部に対して本件土地の明渡しを求めるものである。」というのであり、民事訴訟法第七十一条にいわゆる訴訟の目的が自己の権利であることを主張しているものであることが明らかであるから、参加人大橋の参加申出はその要件をそなえているものということができる。被控訴人が主張する、債権者が代位権行使をしているときは、債務者はその権利を行使することができないというのは、真実の債権者が代位権行使をしているときのことをいうものであると解するべきである。その真実の債権者であるかどうかは実体関係の問題であり、参加の要件の存否を判断する場合に問題になる事項ではないから、すでに被控訴人が代位権を行使しているということだけによつて、参加人大橋の参加申出はその要件を欠くものとすることはできない。
つぎに、被控訴人は、参加人大橋の参加申出は、被控訴人の訴と訴訟物を同一にするものであるから、民事訴訟法第二百三十一条の再訴禁止規定にふれ、却下されるべきである、と主張する。
被控訴人が、参加人大橋に対する賃借権者であるとして、参加人大橋の控訴人安部に対する土地所有権に基く明渡し請求権を代位行使する訴を起したのちに、さらに、参加人大橋が、被控訴人に右の賃借権が存することを認めたうえで、右と同じ土地明渡しの訴を控訴人安部に対して起したとすれば、後の訴は前の訴との関係で民事訴訟法第二百三百三十一条の禁止する再訴にあたるとみるのが相当である。債権者が債務者の権利を代位行使した場合には、実体上その効果は債務者に帰属し、代位権を行使して起した訴の判決の効力も債務者に及ぶと解するべきであるからである。しかし被控訴人が参加人大橋に対する賃借権者であるとして控訴人安部に対して前記の訴を起したのちに、参加人大橋が、被控訴人に右の賃借権が存することを争い、被控訴人に対して賃借権設定登記の抹消登記手続を求める訴を、控訴人安部に対して所有権に基き土地の明渡しを求める訴を起した場合においては、後の訴と前の訴との間には二重訴訟の関係はないとみるのが相当である。前の訴は、被控訴人が参加人大橋に対して賃借権をもつていることは認められないという理由で、すなわち、訴訟物である参加人大橋の控訴人安部に対する土地明渡し請求権の存否にふれることなくして、斥けられるおそれがある(この場合にはその判決の効力は参加人大橋には及ばない)だけでなく、参加人大橋としては、被控訴人の起した前の訴にかかわらず、後の訴を起すことにつき十分な利益をもつており、結局、前の訴訟と後の訴訟とは別の紛争とみることができるからである。
したがつて、参加人大橋の参加申出は不適法であるという被控訴人の申立は採用することができない。
被控訴人は、参加人中野の所有権確認の請求を認諾するという申立をしている。
しかしながら、参加訴訟においては、全当事者間において法律関係が統一的に確定されるべきものであるから、被参加人のひとりが参加人の請求を認諾しようとしても、他の参加人が争つているかぎり、右認諾は争つている者にとつて不利益な行為であるから、民事訴訟法第七十一条、第六十二条により効力を生じないものである。本件において、参加人中野の参加申出における被参加人である控訴人安部、参加人大橋が、参加人中野の右請求を争つていることが明らかであるから、被控訴人の右申立は認諾の効果を生じない。
よつて、本案にはいつて、まず、本件土地所有権の帰属について判断する。
本件土地について、昭和二十六年六月二十五日、その所有者であつた不動建築株式会社と参加人中野との間に売買契約ができ、それに基き参加人中野へ所有権移転登記がされたことは、被控訴人、控訴人安部、参加人中野の間においては争いがなく、参加人大橋は明らかに争わないから自白したものとみなす。
控訴人らは、右売買契約は当事者間の通謀虚偽表示によるものであつて無効である、という。
当審における参加人中野本人尋問の結果によると、前記会社と参加人中野との間の本件土地売買契約については、参加人中野の内縁の夫である被控訴人がその衝に当つたことを、原審における証人武内武雄の証言によると、右売買契約がされたころ、被控訴人が、右会社の財産整理をひきうけていたことを、それぞれ認めることができるが、これらの事実だけでは、右会社と参加人中野あるいはその代理人被控訴人とが、実際は売買するつもりがないのに、通謀して、そのつもりがあるような虚偽仮装の売買契約をしたとまで認めることはできず、ほかにそのような事実を認めることができる証拠はない。
したがつて、前記会社と参加人中野との間の売買契約は有効であり、右売買契約により、参加人中野は、本件土地の所有権を取得したものということができる(補助参加人鈴木仙八がその前に本件土地を買受けたとしても、その所有権取得について登記を経ていないことは控訴人らの自認するところであるから、補助参加人鈴木はその所有権取得をもつて第三者に対抗することができず、結局、参加人中野がその所有権者になるわけである)。それゆえ、控訴人らの主張は採用することができない。
つぎに、昭和二十八年十月二十九日本件土地について参加人中野と参加人大橋との間に売買契約ができ、参加人大橋のために所有権移転登記がされたことは、全当事者間に争いがない。
そして、丙第一号証(当審における証人相馬栄吉の証言、参加人大橋、被控訴人各本人尋問の結果によつて真正にできたものと認められる)と、当審における証人相馬栄吉の証言、参加人大橋被控訴人各本人尋問の結果とを合せ考えると、参加人大橋と参加人中野との間に前記売買契約ができた昭和二十八年十月二十九日に、参加人大橋から参加人中野に売買代金八十五万円の内金四十二万五千円が支払われ、同日、売買当事者の立合の下に所有権移転登記の申請手続がされたことを認めることができ、当審における被控訴人本人の供述のうち右認定に反する部分は信用することができない。
右の事実によると、参加人大橋は、右売買契約ができて所有権移転登記をうけると同時に、本件土地の所有権を取得したものと認めるのが相当である。もつとも、丙第一号証には、昭和二十九年一月二十八日かぎり、売主が負担のない土地をひき渡すと同時に、所有権を移転するという趣旨の記載があるが、当審における証人相馬栄吉の証言および参加人大橋本人尋問の結果によると、右丙号証は、市販の書類を利用し、印刷してある部分のうち必要なものだけを生かすというやりかたで作成したものであり、右条項の重点は本件土地の引渡し期限を明らかにするにあつて、所有権移転の時期をも明らかにする趣旨で印刷の部分を生かすつもりはなかつたことが認められるから、右丙第一号証中の右の記載も前記認定の妨げとはならない。ほかに前記認定をくつがえすに足りる証拠はない。
ところで、参加人中野は、参加人中野と参加人大橋との間の売買契約は、参加人中野が、契約条項にしたがい、受領した手付金の倍額を返還して解除をしたから、本件土地の所有権は参加人中野に帰属した、と主張する。
前記丙第一号証と、当審における証人相馬栄吉の証言、参加人大橋、被控訴人各尋問の結果とによると、参加人中野と参加人大橋との間の売買契約は、被控訴人が参加人中野の代理人となつてできたものであるが、その内容は、代金は八十五万円でその半金四十二万五千円を契約成立と同時に支払い、右支払いと同時に所有権移転登記手続をし、参加人中野は昭和二十九年一月二十八日までに、本件土地上にある控訴人安部所有の本件建物を収去し、空地としたうえで本件土地を参加人大橋に引渡し、参加人大橋は右引渡しをうけると同時に残代金四十二万五千円を支払うべく、参加人中野の本件建物収去、土地引渡しが遅れたときは、右四十二万五千円に対する日歩二十銭の割合による損害金を参加人中野から参加人大橋に支払わなければならないという約束であつたことを認めることができ、参加人中野、被控訴人各本人の供述のうち右認定に反する部分は信用することができない。丙第一号証には、契約当日支払われた四十二万五千円を手付金と記載し、手付金倍返あるいは手付金放棄をして契約を解除することができるという条項の記載があるが、右丙号証が、市販の書類を利用し、印刷してある部分のうち必要なところだけを生かすというやりかたで作成したものであることは前認定のとおりであるところ、当審における参加人大橋本人尋問の結果によると、契約当日授受された四十二万五千円については当事者間で代金の内金と表示され、契約が成立するまでに、当事者間で、手付とか手付倍戻による解除とかいうことを話題にしたことは全然なかつたことを認めることができるから、印刷してある右条項は、結局、売買契約の内容とはならなかつたとみるのが相当である。(当審における被控訴人本人の供述のうち、この認定に反する部分は信用することができない。)したがつて、丙第一号証中の右の記載をもつてその記載のような解除約款が付されたことを認める資料とすることはできず、ほかに前記認定をくつがえして、手付授受に基く解除約款が付されたものと認めることができる証拠はない。
してみると、解約手付に関する条項があり、したがつて、参加人中野に手付倍戻による解除権があることを前提とし、右解除権の行使によつて、参加人中野が、本件土地について、売買契約の負担のない所有権をもつているという参加人中野の主張は理由がない。
それゆえ、参加人中野に本件土地の所有権があることを前提とする参加人中野の参加請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。
つぎに、被控訴人が本件土地について賃借権を有するかどうかについて判断する。
本件土地について、主文第二項記載のような賃借権設定登記がされていることは、当事者間に争いがない。
しかし、甲第二号証(真正にできたことに争いがない)、丙第二号証(当審における被控訴人本人の供述によつて真正にできたと認められる)と、当審における証人相馬栄吉の証言、参加人大橋、被控訴人各本人尋問の結果とを合せ考えると、参加人中野は、参加人大橋との間の前記売買契約によつて、本件土地の上にある控訴人安部所有の本件建物を収去させる債務を、参加人大橋に対し負うことになつたが、右売買契約につき参加人中野の代理人となつた被控訴人が控訴人安部に交渉して本件建物収去に関する話合いをつけることができなかつたため、訴訟によりこれを解決するほかないことになつたこと、そこで、被控訴人と参加人大橋とは、相はかつて、被控訴人が控訴人安部に対し提起する本件土地の明渡し訴訟を勝訴にみちびくために、被控訴人が本件土地の賃借権者であるような形をつくろうと、本当に本件土地につき賃貸借契約をする意思がないのに、双方の虚偽の意思表示により、昭和二十八年十一月十日、参加人大橋が被控訴人に対し本件土地を期間十年賃料一カ月三円の約で賃貸する旨の賃貸借契約を締結し同月十八日、その旨の登記をし、同時に、被控訴人は参加人大橋に対し、右明渡し訴訟の目的を達して土地の明渡しをうけることができたときは右登記を抹消すると約し、その旨の念書(丙第二号証)をさし入れたこと、そののち予定どおり被控訴人から控訴人安部に対し、本件の訴訟が提起されたので、いつたん右登記を抹消したものの、右訴訟の進行中は賃借権設定登記をしたままでおかないと敗訴のおそれもあるからということで、再び、前と同様の趣旨で、被控訴人と参加人大橋とが、相通じた虚偽の意思表示により前と同じ内容の賃借権設定契約をし、それにより主文第二項記載の登記をしたことを認めることができる。当審における被控訴人本人の供述のうちこの認定に反する部分は信用することができず、ほかに右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
してみると、主文第二項記載の賃借権設定登記に表示された被控訴人と参加人大橋との間の賃借権設定契約は無効であり、被控訴人には右登記に表示されたような賃借権はなく、したがつて、右登記もまた無効であるといわなければならない。
かような次第であるから、右登記に表示された賃借権を有することを前提とする被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、被控訴人は、参加人大橋に対し、右登記の抹消登記手続をすべき義務を負うものである。
参加人大橋と控訴人安部との間において、控訴人安部が本件建物を所有することにより本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
控訴人安部は、右占有は補助参加人鈴木から賃借したことに基くものである、と主張するが、右賃貸借が土地所有者である参加人大橋に対抗することができるという点については主張、立証がないから、控訴人安部は参加人大橋に対し、本件建物を収去したうえ本件土地を明渡す義務を負うものである。
以上のとおりであるから、被控訴人に対し主文第二項記載の賃借権設定登記の抹消登記手続を、控訴人安部に対し本件土地の明渡しを求める参加人大橋の各請求は理由があるが、被控訴人および参加人中野の各請求は理由がない。
よつて、民事訴訟法第三百八十六条によつて、被控訴人の請求を認容した原判決を取消し(原審は補助参加人鈴木をも固有の当事者らしく扱つて判決をしているが、右鈴木は当事者ではないから、原判決のうちこの部分は、更正の趣旨で、取消さなければならない)、被控訴人の請求を棄却し、参加人大橋の請求をすべて認容し、参加人中野の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条、第九十四条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 西沢潔 寺井忠)
別紙
東京都北区豊島一丁目四十五番の五
一、宅地 三十坪七合一勺
実測 二十四坪一合
右同所
家屋番号 同町四十五番
一、木造板葺平家建物置一棟
建坪 九坪